佐藤 範史 SATO HANJI BLOG

Guitar奏者/NoiseGuitar/FreeImprovisation/Junktronics...compose

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3月29日津田沼mediterraneo 「I have a hangover#8」にお誘いいただきました。

久しぶりの表立った演奏でした。
柴崎さんありがとうございました。

以下概要

3月29日津田沼mediterraneo
「I have a hangover#8」
DJ
Dry matter
NOBUAKI
Shunsuke ishizu
SEANA

LIVE
山下哲史
佐藤範史

そして、
様々な事情により、混同を避けるために表記を変えることにしました。
これでサトウハンジと読みます。

母親曰く、
本当はこれが僕の本名になる予定だったそうです。
その事を結構ずっと覚えてて、それが何故かは分かりませんが、この名前で活動しようと思ったのにはそんな経緯と決定的な出来事があります。が、その辺は機会があればと言う事で。

いきなり脈絡も無い名前に変えてしまってその呼び方を求めたり、相手に気を使わせてしまうのは嫌だったので結構考えました。
これなら今までサトウと呼んでくれてた人も、ハンジと呼んでくれてた人もこれまで通りで呼んでもらって、なんら支障はありませんので、我ながらこの変更は良かったのではないかと思ってます。

Facebookではその特性上、本名のままにしていきます。
ややこしいですがよろしくお願い致します。


セットリスト
#1 自作曲
#2 Greensleeves-イングランド民謡
#3 Ghosts-Albert Ayler
#4 Lonery woman-Ornette Coleman




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大風呂敷を、広げて CD完成

「大風呂敷を、広げて」
と言うCDが完成しました。
8/15日に福島市まちなか広場で行われる盆踊り会場で販売します。

この作品の概要についてはライナーノーツに記されてるのでそちらを読んでもらえればと思います。
僕の立場から記ておきたい事がやはりあるのでこちらも補完としてもらえたら幸いです。

2015年12月
時は国政選挙真っ只中。
盆踊り会場として拝借している街なか広場で街頭演説が行われてるその時に、向かいのビルでこの年のPJFの総括として会議がありました。

大きな音量で時には絶叫とも言えるような悲痛な叫びでもって訴えかける、かけなければならない、その…なんと言うかとても残念な感じだったのですが、
なもんだから会議の会話が演説の音量にかき消されてしまう時が多々ありました。
かき消された事やその様な訴え方にどうこう言う事は無いですが、とても不思議な気持ちになり、それがどう言う事なのか分からないままでした。

翌年7月
想田和弘監督の牡蠣工場と言う観察映画を観ました。
そのパンフレットに文筆家 平川克美さんのメッセージが寄せられてます。

大切なことは、いつも小さな声で語られる

と言う題で綴られていて、
この映画を通して見えてくる様々な社会問題に対して指摘されてます。
この題だけでも十分なくらい、
分からないでいたあの時の気持ちをスッキリさせてくれました。

単純に声の大きい人に小さい人はかき消されてしまうと言う話ではないという事は想像できますが、
そうとも言い切れないのではないかと思いました。
どんどん突き詰めていけば、
マジョリティとマイノリティの関係でも、立場の関係、上下関係
力関係でも起こってしまうのではないか。

どう言う訳かいつからか、世の中が、
聞く耳を持つその耳の解像度が著しく低くなってしまってて、例えばあの時の演説のような大っきな音量で覆い尽くすみたいなのはボヤけてしまってると言いますか、、
大友良英さんが当時、現地に寄り添っていくしかないと言っていましたが、これには相応の解像度を持ち合わせてないと
できる事じゃないな。と言う僕なりの導きをこの題は促してくれました。

僕は、分からずにいた気持ちが続いてて気持ち悪かったので早くそれを知りたかったのですが、ある時、シンプルな表現を求めてる事に気付きました。
で、そんなのはありませんでした。
こんなにも身近な言葉で、むしろそれで良い場合があると言う事を知りました。

どうもこう、一言でシンプルに的確な表現をしようとする事は、それは格好付くのかも知れないけれど、一方では誰かや何かを取りこぼしてるかも知れないと言う事です。
そんなのやむを得ない。
と言ったような割り切るみたいなのはとても苦手です。
そんなんじゃなくて等身大でもいいからきめ細かく包み込み易いやり方を模索していくで良いんじゃないか?と言う。

大風呂敷を、広げて
と言うタイトルもそう言う意味ではとても素敵だなと思いました。

僕が一応、作曲、プロデュースとしてクレジットされてる大風呂敷小唄ですが、
当初こそデトロイトテクノと言うキーワードを意識して作っていきましたが厳密にはもっと複数の方々が複雑に関わり合っていて、そうやって作っているうちに独自な楽曲になっていったと思います。


2014年12月に東京藝術大学で、
文化の役目と「その先にあるもの」
–震災から4年を経て–
と言う講義を聞きに行きました。

PJFスタッフの新陳代謝問題や、
野菜に例えた話などとても興味深ったのですが、1番印象強く残ってるのが「想いは重い 」と、大友さんが仰った事でした。
僕はこの変換を想像してますがもしかしたら間違ってるかも知れません。
15,6年前くらいに、とある方が別な社会問題に対して全く同じ発言をしていた事をやはり印象強く覚えていたので勇気を持つことができました。

そしてこの小唄制作で1番意識して気を付けた事はこの事でした。

接点があるかどうかも分からないのに、同じ考え方や発言をされてる方々が多方面にいるんだと知る事は、これはよくあるようでいて実は結構貴重な事だと改めて思う今日この頃です。

会場にお越しの際には是非手にとって見て見てください。
ジャケット含めて拘りが凝縮された作品になっています。
http://www.pj-fukushima.jp/event/cd.php

最後に
長見順さん、岡地曙裕さん、大友良英さん、近藤達郎さん、山岸清之進さん、中崎透さん、制作に関わってくれた皆さま方、ありがとうございました。




20歳の頃


20歳位の頃、手紙を必死に書いた事があった。
書ききれなったから3回に分けて送った。

ある日、
夜勤明けで早朝に帰宅の際、
郵便受けを確認すると、
「読んだ」
と言う意味を持つサインが記されたハガキが届いていた。
クタクタで眠たかったのに、
全てが報われた…様な気がして、
構わず、その場に暫く崩れ落ちていた。

日が昇り、快晴と言える日だった。
空は青々と、太陽は眩しくて、
でも不思議と見ていられる眩しさで、
仰向けになりながら、
その光線を遮る様にハガキを視界に出し入れする事で、夢ではない事の確認を繰り返した。

やっていける
信じられる

そう言った気持ちを持つ事ができたのは、救いであった。

15、6年経った今も東京で生活をしている。
思い描いていた未来はどうやらなかなか難しい。

それでも、思い返す事でやっていける。
あの青空とあの太陽。
同じ東京で、誰もが毎日闘っている。
特別じゃない。
誰もが同じサヴァイバー。

いつか必ず。




2016年のまとめ



あっという間に年末になってしまった訳ですが、、、
今年になってからブログの更新がほぼ途絶気味で、
TwitterやFacebookからも遠ざかっていて演奏などの表立った活動もそんなに無く、
一体何をしていたのかを自分にとっての整理の為にも書いておこうと思います。
1年分のまとめなので長いです。
興味ある方の時間潰しにもなれば幸いです。


今年のはじめ(1〜3月)
春前の寒い時期まではギターの練習、研究をしてました。(ズコーッて感じだなぁ)
チャーリーパーカーをギターで分析したり、
デュークエリントンのソリチュードを耳コピしたり、
ミックグッドリックのメソッドみたいなのを忠実に守った練習など。
このメソッドはとても役に立ちました。

それに加えて、とあるギタリストがいまして、
この人の運指や指板の使い方やフレーズのアプローチが、
ミックグッドリックの言ってる事を反映してるので研究してました。
この時期は完全にギターと向き合ってて、外界とは遮断状態でした。
(これらのおかげで曲作りの幅がとても広くなり、後述しますが最近研究してるギタボの影響がさらにプラスされて今日に至ります。)


その後、(4月〜8月)
春から夏にかけてはプロジェクトFUKUSHIMA!のみに全力でした。
個人的な事情があり、結果的に今年は現地での貢献はできなかったけど、
自分なりに見つけた自分にできることとして始めた2015年に制作した大風呂敷小唄、
その流れから、今年はまた新たな別の楽曲制作に録音、編集担当として参加していました。

「大風呂敷のバラード」

と言う楽曲を、

長見順さん
岡地曙裕さん
小林裕輔さん(from会津マスクマイア)

お三方のご理解、ご指導、ご協力のもと、作成に関わらせていただきました。
このプロジェクトの詳細は然るべき時に改めてきちんと書こうと思います。

エンジニアリングのみに徹した訳ですが、
まだまだできない事ばかりで萎えながらやりました。萎えたなぁ。。
そんな具合でパソコンに張り付いていて外界とは遮断状態でした。


そしてひと息つく間もなく、
(8月〜9月)
とある自主製作短編映画の劇伴のミックス依頼を受け、試行錯誤してました。
つくづく思うんですが、
自主で頑張ってる方々からのこう言った依頼は殊更、自分にできる全ての事を駆使して最善を尽くしたくなります。
大した機材も無いし、個人では様々な制約があります。
それでも頼まれるのならば、燃えます。メラメラ。
こう言った自主的なプロジェクトにはどんどん貢献していきたいので、気になった方はまずはご一報くださいm(_ _)m

一方、ほぼ同時進行で、
過去にエンジニアリングを教えてもらってた先生が審査員!
と言うミックスコンテストがあり、それに参加したりと、秋もDAWと向き合ってました。
先生が録音されたマルチ素材をミックスできるだけでも贅沢で貴重な体験でした。
何かと気合いの要るミックス作業が楽しかったです。
録りの重要さを改めて感じたし、機材再構築のきっかけになったし、
やってみて良かったと思います。
そんなこんなで…外界とは遮断でした。(マズい、マズいですね〜)


10月〜今現在では、
自分の音楽的な土壌と言うものを今まであまり考えた事無かったので、
そこ整理しておいた方が良いかな?と考える様になりました。
ミックスをやる事で各年代の音楽の特徴を意識しだした事が影響してるのでしょう。
自分はごく普通に90年代の音楽を聴いてきた世代ではあるのですが、、

やれ、
親父がジャズメンで物心付いた時からビートルズをかけっぱなしの家庭に育った。
とか、
母親が音楽教師で物心付いた時からカーペンターズが流れっぱなしの家庭に育った。
とか、
そんな、うらやまカッチョいい環境では残念ながら育ってなく、、以後割愛。

具体的にはっきりさせたいので、
ぱっと思い浮かぶよく聴いたCDって事にすれば良いのかな?と言う事で羅列してみました。
順番は関係なく、思い浮かぶまま。

・Cocco/ブーゲンビリア
・NIRVANA/NEVER MIND
・NIRVANA/IN UTERO
・HELLCHILD/bareskin
・屍/人のためにに生きるか自分ために生きるか
・KNUCKLE HEAD/群から逃れ又群の中
・BORNSCRATCH/End Of Slide
・envy/From here to eternity - 地上より永遠に
・PROTESS/心に花を
・CRACKS/ALL STAND CLASH

、、、キリが無いのでこのへんで止めます。
どうなんでしょうね…自分では分からないや。
ビートルズとかカーペンターズとかそう言ったうらやまカッチョいい要素は俺には無いのかいな?

前述したとあるギタボ、だいたい想像つくかと思いますが、改めて再研究、再考察をしています。
ドメジャーだからとかマイナーだからとかそう言った事で判断されるのはなんだかなぁってのもあるけど、
事実を記してることに意味がある、という事で。
分かってもらえる人がいたら、それがごく少数だとしても俺はその人達と音楽で関わり合っていきたいですね。

このギタボ、カートなんですけど、ギターの技術的な観点で語られる事は比較的少ないのは何故なのか?
分からないでも無いですが、チャックベリーの発言が有名のようで。
彼のギタープレイを研究する事で、様々な発見や自身のプレイの改善、音楽の情報を得られてる最中です。
カートはギターの重要な要素をとてもよく弾けてる、と思うのですが、、、


そして今は滞ってた自身の2作目に取りかかっています。
年末年始にかけてどうにかせんといかんですね。
一体いつできんねん、、、


今年は地味な活動だらけでしたが、
自身にとっては胸を張れるプロジェクトばかりで、少しでも貢献できたとしたらこれ以上ない事です。
そしてこれらがそれぞれのその後に何らかの形で結果に結びついたり、
新たなプロジェクトのきっかけになったりする事で、
その繰り返しで土壌みたいなものが出来上がったり、より盤石になれば良いなと思ってます。

いち未熟エンジニアとしてはもっと腕を磨き、造詣を深め、
いちギター弾きとしては具体的にはバンドでギター弾いて貢献していきたいです。



とても長くなってしまいました。
ここまで読んでくれた方がもしいたら、どうもありがとうございました。


2017年もよろしくお願い致します。
それでは皆さん良いお年をm(_ _)m




2016まとめ用2








7/12 (火)演奏します。






7/12(火)
演奏します。
詳細は後ほど記載します。





そう言えば、
あのプロジェクトは一体どうなってるのだろう?




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